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社長の経営日誌

孤高の天才 社長の経営日誌 田宮社長が好き勝手に織りなす独白です
  FILE No.665 2020.2.15  

「 東京ドーム(2) 」

さて、今回からやっと2020年の話題です。
と言っても弊社は1月6日までは正月休み、休み期間中に何をしようが俺様の自由(笑)!…というわけで今回は(も?)遠慮なくプロレスネタ全開で行きます(笑)。

日本のプロレス界最大行事と言えば「イッテンヨン」、毎年1月4日に新日本プロレスが開催する東京ドーム大会、今年は2014年以来(FILE No.358参照)、6年ぶりに参加出来ました。

新日本が初めて東京ドームに進出したのが、もう31年も前となる1989年(平成元年)の4月24日、翌90年は2月10日、3年目となる91年は3月21日に行われましたが、92年からは1月4日となり、以来「イッテンヨン」はプロレスファンに定着、今年で実に29年連続の開催となっています。
私の「イッテンヨン」はと言うと99年までは皆勤賞、以後はテレビ観戦に切り替え、前述の2014年が15年ぶりの生観戦でした。
行けなくなったのは毎年弊社の仕事始めが1月5日となる事が多く、観に行っても試合途中で中座せねば終電に間に合わなかったからです。
2014年は1月4日が土曜日で、仕事始めが6日の月曜日となりましたので、当時四国銀行の支店長だった有光さん、魔法の針治療師・佐野先生と通称・ドームトリオを結成(笑)して乗り込んだものでしたが、その時、「次に1月4日が土曜日となる2020年に再び来ましょう」と「男と男の約束」を交わしました(笑)。
早いものであれから6年、別ルートでチケットを予約した為、佐野先生と席は離れましたが、三人とも公約通りドームに帰って来ました。

6年ぶりのドーム、私は先ず何と言っても新日本がドーム大会を継続してくれた事に感謝しました。
最近のファンはドームでやる事を当然のように捉えているかもしれませんが、初進出から31年、その間は山あり谷ありで、特にいわゆる暗黒時代に突入した21世紀初頭は観客数も目に見えて落ち始めました。ドームでの興行は当たると大きいものの、反面経費も莫大につき、コケるととてつもないダメージを被るハイリスク・ハイターン、スター不足や暴露本の影響などで人気が地に落ちていた時期にあって、体力を消耗するだけのドームからは一時的に撤退すべし、と内部で何度も議論があったと聞きます。
しかし新日本は歯を食いしばって「イッテンヨン」を継続しました。
業界の盟主として、最後の砦だけは何としても死守しなければならないという責任感があってこそ成せる業でしたが、結果としてこれは正解でした。
ドームクラスの会場となると1年以上先までスケジュールが埋まっているのが常ですが、ドームには優先予約権があり、1月4日を使用し続ける事により自動的に翌年も同じ日を最優先で借りる権利が生じるからです。もし一時的にせよドームから撤退していたら、コンサートなど別のイベントが入り、二度と「イッテンヨン」の定位置に戻れなくなっていた可能性が大でした。

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 史上初の東京ドーム2連戦、果たして勝算は!?

低迷期を脱し、ここ数年再び観客動員が右肩上がりの「イッテンヨン」でしたが、通算29回目にして我々の度肝を抜く大冒険をやってのけました。
なんと今年は「イッテンヨン」に加え「イッテンゴ」、つまり史上初、4〜5日の二日間連続開催となったのです!
いかにブームと言われる新日本と言えど二日続けてのドームは無謀?やれんのか、おい!?
マジで心配でしたが、目玉の一つとなったのが、獣神サンダー・ライガー選手の引退試合でした。 89年、最初のドームでデビューしたライガー(当時のリングネームは獣神ライガー)、ドームで生まれたライガーが31年の時を越えドームで終わるのは何ともドラマティックでしたが、私はそれ以前の素顔の時代から観ている事もあり、思い入れもひとしおでした。

ドーム連戦を中心にプロレスてんこ盛りの正月休みを送るべく3日に上京した私、先ずはお昼からの全日本プロレス後楽園大会を観戦しました。
ちょうど同時刻にはすぐ近くの秋葉原でノアの公開記者会見もやっていたので中抜けして中嶋勝彦&マイケル・エルガン両選手と記念撮影し再び後楽園にUターン、メインの三冠戦の大激闘を堪能しました。
全日本プロレス後楽園 こちらをクリック

試合終了後は巣鴨の闘道館にてエル・サムライ&田中ケロちゃんのトークを拝聴し、またまた後楽園へUターン(笑)、18時半からのDDTを観戦しましたがこの大会がなんと全席一律2000円の出血大サービス! 昨年7月には大田区総合体育館でオドロキの入場無料大会(しかも中身はビッグマッチ並み!)をやってくれたし、こういうところはほんとに太っ腹で良心的と頭が下がります。
この日の赤井沙希ちゃんはオープニングマッチのアイアンマンヘビー級時間差バトルロイヤルに出場しました。
前月、王者になったと思ったらチェキ会が始まる直前に王座転落
(FILE No.662参照)、ご馳走を食べようとした瞬間に横取りされるかのようなショック(苦笑)を与えてくれましたが、新年早々またもやチャンスが巡って来たのです。
七番目に入場した沙希ちゃんは乱戦の最中、期待通りに勝ち抜いてまたもやベルト奪還に成功!こいつは新春から縁起の良い展開ですが、私も学習能力がありますので(笑)これで手放しで喜ぶ程馬鹿ではありません。レフェリーさえいれば24時間いつでもどこでも移動するアイアンマンには過去何度も煮え湯を飲まされていますので、試合後も誰かが襲って来ないか心配でしたが、沙希ちゃんが笑顔で退場するのを見届け、とりあえず一息つきました。
続く第2試合、ここで異変が起こりました。
坂口征夫&樋口和貞組の試合後、マイクで樋口選手が「俺たちと同じ志を持った奴がいる!そいつ出て来い!」と叫ぶと、唐突に沙希ちゃんが入ってきたのです。すっかり気を抜いていた私は慌ててカメラを構えました(笑)。
マイクを持った沙希ちゃんの魂の叫び、
「いつもずっと陰から見てました。けど、見てるだけはなんもやらへんと一緒やと思います。うちはこの三人でDDTの新しい景色を作っていきたいです。もう男とか女とか関係ない!」
なんと三人での新ユニットの始動を宣言、シリーズ最終戦(26日 後楽園)で「うちらに相応しい対戦相手」との6人タッグ戦を要求したのです。
元日のあけおめツイートで「今年はどんどん行動! 楽しい美しい刺激を求めて自分で飛び込んでいきたい! 皆さん一緒に行きましょう。」と意味深に呟いていた沙希ちゃんでしたが、この事だったのかと納得、今後はメインストーリーに絡んで行きそうで、大いに期待できます。
DDT後楽園 こちらをクリック
夜9時過ぎに全試合が終了、ここで沙希ちゃんアイアンマン転落劇があるのでは?と心配でなかなか席を立てませんでしたが、出て来る気配なし、この日に限っては心配も杞憂で王者はサイン会の為、ベルトを持ったままとっくに売店に移動していました(笑)。
折角の王座奪取でしたが、この日はチェキ会では無くサイン会のローテーションだったのでベルトを持ったワンショットを撮らせて頂きました。
「今日はチェキ会無くて…」と申し訳なそうな沙希ちゃん、「でも明日はありますよ!」
翌4日、同じ後楽園での東京女子プロレスに特別出場が決まっており、試合後のチェキ&サイン会への登場も告知されていたのですが、東京女子という事は「枚数制限あり、チェキORスマホのみ」と融通の効かない東女ルール、その事を告げるとご存じなかったようで「えっ、私もそうなのかしら?」そのお顔には明らかに儲け損なったと書いあったような(笑)?

試合終了後、後楽園ホールの下のレストランに友人がいたので挨拶に立ち寄ると明日からの東京ドームに出場するランス・アーチャー、アレックス・ゼインがいたので記念撮影させて頂き、長い一日が終わりました。
振り返ると今日一日だけで10人もの方とツーショット(ワンショットの沙希ちゃんも加えると11人!)を撮っており、タイムリーにフェイスブックを更新していたので、友人が「田宮さん凄いですね!」と驚いて(呆れて?)いましたが、凄いのは私ではなく東京ですよ(笑)!
この日一日の豪華ツーショットはこちらをクリック

新年早々から疲労困憊でホテルに帰るとバタンキュー、さあ明日はいよいよ「イッテンヨン」東京ドームです!

(次回へ続く)
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