FILE No. 920 「阪神・淡路大震災」
「阪神・淡路大震災」
本日は1月17日、1995年に未曾有の災害、「阪神・淡路大震災」が起こった日です。
兵庫県南部で地震が発生したのは当日の午前5時46秒52秒、正確に言うと震源は兵庫県の淡路島北部(または神戸市垂水区)沖の明石海峡でマグニチュードは7・3、特に神戸市の市街地は大きな被害を受けました。
早いものであれから30年…当時の記憶を振り返って見ます。
その頃私は奈良県生駒市の実家におり、地震が起こったのが早朝とあってまだ熟睡中でした。そして後々多くの人に呆れられたのですが、地震に全く気が付かなかったのです(笑)。
奈良も震度4だったのでかなり揺れたはずですが…まあ大物の証明と言う事で(笑)。
いつもの時間に目を覚ますと棚の本や置物が床に落ちていたので地震があったのはわかり、階下に下りると母親が「怖かった!」と青ざめていました。
もっともまだスマホも無く、テレビも付けなかったので状況もよくわからないまま出社の為家を出ました。近鉄電車に乗ると普段はそこまで混んでいないのがまるで東京時代の通勤を思い出す程のぎゅうぎゅう詰め、会社に到着すると地震の話題で持ちきり、やがて続々と被害の情報が入って来て、ようやく想像以上の大惨事となっている事を知りました。
我が社の場合、社屋や商品在庫など全く問題は無かったのですが、交通渋滞が酷く配送が混乱していた事、仕入商品の納期遅延などがあった程度で、被害らしい被害は無かったのが幸いでした。
以前にも書きましたが、当時の部長のM(後に反乱を起こしたアルカイダ)が「この状況は千載一遇のビジネスチャンスだ!道路状況が悪い事を大義名分にお得意先にD2配送(従来は注文の翌日お届けを一日遅い翌々日に配送)を提案しよう!」と言い出しましたが、上層部から「おまえは会社を潰す気か!?」と一蹴されていました。
かつての水元仁志先生の教え「損得よりも善悪で考えよ!」…多くの尊い人命が奪われた状況を「ビジネスチャンス」と捉えるMの人間性に呆れたもので、この人のその後の行く末を暗示していたかのようでした。
今や隔世の感ありですがこの頃は私のゴルフ熱中時代、その日も仕事帰りに日課だった練習に行きましたが、ゴルフ練習場に着くといつもは人で賑わっているのにガラーンとしていて一瞬休みと錯覚しました。客は私含め3人だけ、まあこんな日に呑気に練習に来るもの好きはそうそういません(苦笑)。
翌日かそれとも翌々日だったかは忘れましたが、東京の友人から「大丈夫?」と電話がありました。聞けば1~2度電話をしてくれたようでしたが、この日まで回線が繋がらなかったのだそうです(まだ携帯電話が普及していない時代)。しかし先程から書いているように、大阪は無傷に近かった為かえってこちらが恐縮してしまいました。
因みに大阪と神戸は直線距離で言えばわずか30Kmほど、この地震がいかに局地的なものだったかがわかります。
震災の2日後、大阪府立体育館で興行が予定されていた全日本プロレスは苦しい立場となりました。会場の設備に問題は無かったとは言え、大阪と目と鼻の先でこれだけの災害があった以上、どうしても道義的問題が絡んで来ます。特にSNSの発達した現代ならすぐに炎上して中止(延期)に追い込まれていたでしょう。
メインに組まれていたのは大阪では6年ぶりの開催となる三冠ヘビー級選手権試合、当時の王者、川田利明に小橋建太が挑む大一番で、私も前売り券を購入して楽しみにしていたものの、正直中止だろうなと半分諦めていました。
王者・川田も「お客さんが集まってくれるかもわからない状況だったし、ガラガラの中でやるのは辛いから正直やりたくなかった。」と後年のインタビューで語っていましたが、全日本の総帥・ジャイアント馬場は「自分たちに出来る事はプロレスだけ、こんな時だからこそやるべき。」と決断しました。
当日は震災の影響で来場出来なかったファンもいたものの(払い戻しのうえ当日のビデオテープ進呈のサービス)ほぼ満員の盛況、しかし試合前の場内にはやはり何処か暗く重苦しい雰囲気が漂っていたのが印象的でした。
その中でメインを務めた川田と小橋はまるで何かにとりつかれたかのような大激闘を展開、
いつしか客席も一体となり、試合は三冠ヘビー級選手権としては史上初となる60分フルタイム・ドローで終了、感動したファンが涙を流し場内は「全日本」コールが爆発しました。被災地に勇気を与えたこの一戦はまさに伝説となったのです…。
あれから30年、私が生きている間にもうこれ程の震災は無いだろうなと高を括っていたら?16年後の2011年には東日本大震災がありましたし、まだ記憶に新しい一年前には能登半島で大きな地震がありました。
私は地震の度にこれだけ科学が発達しても、いつ何処で地震が発生するのか正確に予知出来ないものかと歯痒い気持ちになります。
今、日本は南海トラフ地震の危機に晒されています。もっとも、一部専門家の言う「30年以内に70~80%の確率で発生」を私は殆ど信じていません(別に舐めているわけではありません笑)。結局地震なんていつ何処で起こるのか?今日なのか、明日なのか、30年後なのか?誰にもわからないものなのです。
その意味ではいつ起ころうと常に覚悟を持っているつもりですが、私はあと30年であの世に旅立つ予定なので、出来るならせめてその間だけは何も無い事を祈っています(笑)。