FILE No. 948 「シュツットガルトの惨劇(1)」

「シュツットガルトの惨劇(1)」

6月16~22日の日程で大阪府工業協会さんの主催による「ドイツ・フランス産業視察」に行って来ました。
同協会は名前の通り工業系の製造業の集まり、そんな中に全く異業種の包装資材屋が紛れ込んだので思いきりアウェー感満載でした(苦笑)。
もっとも、パンフを入手して最初に申し込んだ時は既に定員(30名)に達しており、取り合えずキャンセル待ちをお願いしていたら少し経って空きが出たと連絡があり、参加メンバーに加えて頂く事に成功しました。
ところが大変なのがここからで、出発の一週間程前にドイツで訪問予定だった企業2社からドタキャンされ代わりの視察先を必死に探しているとの連絡があり、ドタバタしているのがわかりました。不謹慎な?私などは無理に視察を入れなくて良いので、観光と自由行動を増やしましょうと逆提案(笑)、しかし真面目な参加者の中からは結構キャンセルも出たようです。
いわゆる旅のしおり、正式な行程表が届いたのも出発数日前でしたし、このツアー大丈夫かいな?とこちらが心配になる程で、どうにか当日を迎える事になりました。

16日は朝7時に羽田空港に集合、都内に前泊し4時半起きで何とか遅刻せずに到着しました。
聞くとやはり相当キャンセルが出たようで、主催者&旅行社の添乗員を除いた参加者は20名、大半が工業系のメーカーのオーナーさんで、私だけ思いきり浮いていました(笑)。
9時40分発のANA(日本の飛行機が嬉しい!)で約14時間、ドイツのフランクフルトに着いたのが現地時間で夕方17時半頃でした(時差7時間)。
そこからバスに乗り、今日から三連泊するシュツットガルトに到着したのが21時半頃、もっともこちらは日が落ちるのが遅く、その時間でも結構な明るさでした。

ドイツ第6の都市にしてバーベン=ビュルテンベルク州の州都であるシュツットガルトは人口約63万人、メルセデンス・ベンツやポルシェの創業地として知られていますが、実はどうしてもここに来たかったのがアウェーの中で私が参加を決めた理由で、その種明かしは後述します。
今から30年前、95年10月にお得意先の会の視察で初めてドイツに来ており、その時の訪問都市が確か同じ州にあるハイデルベルクでした。バスで移動中にシュツットガルトを通過し(おおっ!ここがあの伝説の地、シュツットガルトか!)と一人で興奮、本当は少しでもバスから下ろして欲しかったのですが集団行動でそんな勝手が許されるはずもありません。つまり厳密には30年ぶり、二度目のシュツットガルト入りでしたが、前回はバスの車窓から見ただけなので、ようやくこの地に足を下ろす事が出来ました。

くたくたに疲れ切っていたのでホテル内のレストランでの食事も早めに切り上げ、部屋で休みましたが時差ボケの為すぐに目が覚めてしまい結局朝まで眠れず…欧米など時差の大きい国では毎度の事ですが、3日ぐらいは苦しめられました。
因みにこちらの気候は最高気温が25~28℃ぐらい、日中は暑いのですが湿気が無い分日本に比べると楽なものです。
18日は朝7時15分と早い出発で、メルセデンスのトラック工場、ポルシェ博物館、市内のスーパーマーケットなどを見学しました。
昨年2月のイタリア(File No.883 参照)では社用車としてランボルギーニ・カウンタックの買い付けを画策も?失敗に終わりましたので今回はポルシェに挑戦(笑)?
いえいえ既報通り赤のクラウンに乗り換えましたので間に合っております(笑)。
赤と言えば♪緑の中を走り抜けていく真っ赤なポルシェ~♪ 山口百恵の「プレイバック
Part2」が懐かしい(年がばれる笑)、同年代の参加者の方も赤のポルシェにはビビッと来るようで記念写真を撮っていました。
6月16~17日のダイジェストはこちらをクリック

3日目は早朝から単独行動、シュツットガルトに来たからにはどうしても行きたかった場所へと向かいました。
さて、このへんで種明かしのつもりでしたが、ちょうどキリが良いので次回まで引っ張ります(笑)。
最も賢明な読者の皆様は今回のタイトルだけで一目瞭然?わからないニワカは「シュツットガルトの惨劇」でググりましょう!

(次回へ続く)