左手首骨折の「アクシデント」(FILE No.437参照)により、8月末から予定していた海外視察は棒に振りましたが、そのおかげで行けないと諦めていたプロレス関連イベントに参加できる事になりました。これぞまさに怪我の巧妙、今回は8月29〜30両日のツーショット写真をまとめて大公開しましょう。
29日は東京・杉並区にある格闘技ジム、スネークピット・ジャパンを二年半ぶりに訪ね、前回と同じく「過激な仕掛け人」(FILE No.315参照)、新間寿さんのトークを拝聴しました。
アントニオ猪木の元マネージャーとしてプロレス黄金時代を築いた新間さん、80歳とはとても思えぬ元気さでこの日も一旦マイクを握ったら離さず怪気炎、大変楽しい一時でした。
今から32年も前の1983年7月の新日本プロレス・大阪府立体育館での事、会場の入口の前では猛暑の中、熱心なファンが早くから列を作っていました(若き日の私もその一人)。
そこにお馴染みのライオンマークのエンブレムのブレザー姿で新間さん(当時の肩書きは専務取締役営業本部長)がアタッシュケースを片手にやって来ました。
大半のレスラーや関係者はファンを無視して会場に入りますが、新間さんは我々に向かって大きな声で「皆さん、暑い中早くから有り難うございます!まもなく開場しますからもう少しお待ちください!」と労ってくれたのです。
並んでいたファンからは期せずして拍手が巻き起こりましたがこのわずか一ヶ月後、新間さんは社内クーデターによってこんなにも愛していた新日本プロレスを追われるのですから運命とは残酷なものです。
その事にも関連して質問コーナーで私は、以前からどうしても聞きたかった疑問、「新日本プロレス旗揚げ時にあれほど苦楽を共にした猪木と山本小鉄(故人)が何故、口も聞かないような関係になってしまったのか(新間さんは以前、二人の縁切りの場にも立ち会ったと発言した)?」を直撃しました。
他にも新間さんに聞きたい事は山ほどありますが、年内には嬉しい事に大阪でのトークイベントの予定もあるようなので楽しみです。
とにかく新間さんには数少なくなった昭和プロレスの語り部としてますます元気でいて欲しいものです。
1時半から始まったトークショーは夕方4時に終了、その足でIGFの両国国技館大会に向かいました。
今回はOSGコーポレーションさんが沢山招待券を下さったので、トークショーの会場であった闘魂猪木塾生二人、お馴染みの墨田区のHさんとその後輩、さらに私一人では捌ききれず上井さんの東京の知り合いの方も招待させて頂きました。
両国国技館ではこの8月、新日本プロレスが三連戦(14〜16日)、23日にはDDTが興行を行っているので実にこの日は5回目です。プロレス界のパワーは凄いぞ!
例によって試合後にはアフターパーティに潜入、この日も猪木さんと写真を撮りたかったのですが、いつもの事ながら猪木さんの周りは人が多くてなかなか近づけず、あっと言う間に中座してしまいチャンスを逸しました(涙)。
そして忘れてはならないのが、第2試合に登場した「人間台風」ことヌックス選手です。
5月の大阪大会(FILE No.426参照)で必殺技シスター・アビゲイルで快勝したヌックス選手とは6月の名古屋でのパーティでシスター・アビゲイル談義、ヌックス選手は自信満々に「WWEのブレイ・ワイアットではなく自分がこの技の元祖である。」と語っていたので(FILE No.431 参照)三ヶ月半ぶりのシスター・アビゲイル爆発を期待していました。
結局この日も不発に終わったので、
「I couidn't see your famous finish hold sister・abigail tonight,what a pity!」
(今夜は貴男の必殺技のシスター・アビゲイルが見られず残念です。)と伝えると
「Oh! next time!」と約束してくれました。
実は事前に英語に詳しい方に英文を習って一生懸命暗記していたのですが(シスター・アビゲイルが出た場合と不発に終わった場合の両パターンを用意)隠し持っていたカンニングペーパーを見ずに何とか言えました(笑)。
アサヒビールを飲まれていたので
「Do you like a japan beer?」と聞くと(これぐらいは私も喋れます!)「Fantastic!」との事、私の腕のギブスを見て「どうしたのか?」と聞いて来たので「Broken!」を連発…私の赤ん坊レベルの英語では会話もこの程度が限界ですが、毎回シスター・アビゲイルをリクエストして来るヘンな奴とそのうち覚えられる事でしょう(笑)。
(異色ツーショット満載! IGF8.29両国はこちらをクリック)
パーティが終わって御徒町の定宿にチェックインしたのが11時前、翌日は大阪市内で華名選手のダブルヘッダー(12時半からOSAKA女子プロレス、3時からは大衆プロレス松山座)を観る為に眠い目をこすり朝一番で大阪にとんぼ帰りしました。
9月の自主興行を最後に突如休業宣言(FILE No.435参照)をした彼女、その後の去就は謎に包まれていましたが、アメリカ・ニューヨーク州ブルックリンのバークレイズ・センターにて8月22日(現地時間)に開催されたWWE-NXTのビッグマッチで衝撃が走りました。
NXTはWWE傘下の別ブランドで独自に興行を行っている団体ですが、この日の会場で 「狂乱の貴公子」ことリック・フレアー、「鬼軍曹」サージャント・スローターの二大レジェンドと共に最前列で試合を観戦する華名ちゃんの姿がテレビ画面で紹介されたのです!
この模様は現地のスポーツニュースでも取り上げられ大反響との事、この原稿を書いている時点で依然正式発表はないものの、これでWWE(NXT)入りはほぼ確実! これは歴史的快挙だ〜!!(*締切直後に正式会見あり、詳細は次回!)
渦中の人の残り少ない国内での試合を観る為にやって来たのは平野区区民ホール、谷町線の平野駅から徒歩10分ほどの小さな会場ですが、二つ先の駅には紛らわしい事に平野区民センターなる会場もあり、間違えてそちらに行くところでした(苦笑)。
12時に開場すると華名ちゃんは早速サイン会をやっていましたが、たちまち長蛇の列が出来ました。 左腕の怪我を心配してもらいましたが、どうせなら早く治るようにギブスにサインでも入れてもらえば良かったかな? しかしそんな事をしたら勿体なくて外せなくなってしまうか(笑)…。
お次の試合が3時開始だったので、こちらでは早い順番の試合に出て移動するのかと思っていたら華名ちゃんの試合はしっかりメインイベント、次に間に合うのか?追っかける私もちょっと心配になって来ました。
大激闘となったメインが終わったのがもう2時半近くで、しかも試合が終わったら売店でまたサイン会やってますよ(笑)。
(8.30 OSAKA女子プロレス平野区民ホールはこちらをクリック)
私は一足先に脱出、最初は電車で行くつもりでしたが次の生野区民センターはここから意外に近く、会場の目の前の停留所からバス一本で行ける事が判明、おかげで20分程で移動できました。同じバス、あるいはタクシーからハシゴ観戦の華名ファンがゾロゾロと降りて来ましたよ(笑)。
久々となる大衆プロレス松山座の8月公演、会場に入ったのが3時ジャストで丁度全選手(華名を除く)の入場式が始まるところでした。
第2試合はいつも私が密かに?楽しみにしている座長の松山勘十郎選手の試合でしたが、本日の対戦相手であるスカイデJr.選手を見てびっくり!
全身を包んだそのコスチュームはウルトラマンタロウそのものじゃないですか!
円谷プロから怒られるぞ〜と余計な心配をした私は休憩時間に「許可はとっているのですか?」と質問すると「いえ、これはウルトラマンタロウに似ていますが、メキシコのオリジナルキャラなんです。」だって(笑)!
そのタロウ、じゃなかったスカイデ選手を我らが勘十郎さんは見た事もない技で料理しました。
相手を丸め込んで自分は腹這いになりながら相手の左腕を固めて押さえ込む(←口で説明できない!写真も一枚しか撮れず)…マジックのような妙技でしたが、記録にこだわる私としては技名がわからないと付録のアルバム作成に支障を来たします。
そこでこれまた売店で「今日のフィニッシュは何て技ですか?」とご本人を直撃、
「あれはメキシコの師匠(ウルティモ・ドラゴン)から教わった飛影(ひえい)という技です。」と親切に教えてくださいました。勘十郎さんが修行をしていたメキシコではプロレスの事をルチャ・リブレ(スペイン語で自由なる戦いの意味)と呼びますが、ルチャの世界は本当に奥が深いです。
さて、遅れて会場入りしたこの日の主役の華名ちゃん、松山座においては華名姫なるキャラクターでの出演ですが、第4試合のタッグマッチ、第5試合のバトルロイヤルで見事に連勝し最後の出演となる公演で有終の美を飾りました。それにしても華名姫がいなくなると松山座が寂しくなります…。
(8.30 大衆プロレス松山座生野区民センターはこちらをクリック)
怒濤のツーショットのラッシュとなった8月最後の連休、9月のネタも次回以降勿体ぶって小出しに(笑)していく予定です。
|