| 〜アントニオ猪木VSモハメド・アリ45周年記念〜 |
 |
このブログの更新日は6月26日の土曜日!20世紀最大のスーパーファイト、アントニオ猪木VSモハメド・アリの「格闘技世界決定戦」(FILE No.177,382,
480 参照)の45周年記念日です。
日本中が騒然とした1976年、あれからもう45年も経ったのかと思うと感慨深いと同時に自分も歳をとるわけだとしみじみ(苦笑)…この世紀の一戦に関しては過去にも何度も取り上げましたが、今回は私のようなヨカタが語るなどおこがましいのを承知のうえでこの試合の実現のきっかけとなったエピソードをご紹介しましょう。
今一度おさらいしておくと、世間には以下のような話が定説として伝わっています。
(1)1975年3月、モハメド・アリがニューヨークでのパーティの席上、八田一朗氏(日本レスリング協会会長)に「ボクサーでも空手家でもレスラーでも東洋人で俺に挑戦して来る奴はいないか。100万ドルの賞金を用意しても良いぞ。」と話す。
(2)帰国した八田氏からその話を聞いたサンケイスポーツの記者が記事にする。
(3)記事を読んだアントニオ猪木が「俺がやってやる!」と名乗りを挙げる。
(4)6月、アリがマレーシアでの防衛戦の経由で来日、会見を行っている時に新日本プロレスの渉外担当の杉田氏がアントニオ猪木の応戦状を持参する。
(5)アリは「イノキ?WHO?」とキョトンとしたものの「エニータイム、OK」と挑戦を受諾する。
新日本プロレスのメインレフェリーを長年務めたピーターことミスター高橋氏の1998年の著書「プロレス至近距離の真実」ではこんな秘話が紹介されています。
(以下、要約して抜粋)
「ある黒人レスラーの一言が猪木アリ戦を実現させた」
若いファンはご存じないだろうが、昔ベアキャット・ライトと言う黒人レスラーがいた。
山猫と称された飛び技の得意な選手だ。(中略)ここではそのベアキャットがあの猪木VSアリ戦のきっかけを作ったと言う事実を明らかにしておきたい。
彼はアリ及びアリのバックにいたプロモーターのドン・キングとは旧知の間柄だったが、彼が新日本プロレスに来日した時、私との雑談中に「アリがレスラーと戦ってもいいと言っていた。」と漏らしたのだ。その言葉がアリ自身のものかドン・キングのものかは確認出来なかったが、私はベアキャットの言葉を何気なくそのまま猪木さんに伝えた。これは猪木−アリ戦が実現する前年の最終シリーズ、猪木VSビル・ロビンソンのあったシリーズ中の出来事だ。
猪木さんは「俺がやるよ。高橋、その話を何とか実現出来るようにベアキャットと話をしてくれよ。」と色めき立った。この時猪木さんは初めてアリを対戦相手として意識するようになった。それからベアキャットは日本滞在中に何度も国際電話でドン・キングと交渉してくれた。これまで各方面で伝えられて来た猪木VSアリ実現の経緯では、何故かこのベアキャット・ライトの存在がすっぽり抜け落ちていた。いくら破天荒な発想で突っ走る猪木さんでもベアキャットの誘い水が無ければアリ戦を思い描く事は無かったのだ。
やがてシリーズが終わりベアキャットは帰国する事になり、アメリカに帰ってからも新日本とアリ側の間に立って話を進めると言ってくれていたがいつの間にか音信不通になってしまい夢の対決は立ち消えになってしまった。
アリが記者の前で(*実際は前述のように八田一朗氏)「日本人(東洋人)で誰か俺に挑戦して来る者はいないか。」とぶち上げ、記事を読んだ猪木さんが名乗りを挙げたのはそれから暫く後の事だった。
アリのコメントは単なるリップサービスと言われているが、突如思いつきで「日本人と…」と言ったわけではなく、ベアキャットを通じた対戦交渉が下地にあったからこそ出た言葉だったと思う。私は実際にベアキャットがドン・キングと電話で話しているのをそばで何度も聞いているし、ドン・キングを通じてアントニオ猪木と言うプロレスラーの存在がアリの耳に入っていたと考えるのが自然だろう。だとすれば記者を前にした時のアリの脳裏にはどこまで意識していたかはともかくアントニオ猪木がインプットされていたはずだ。
このような事を重ね合わせて考えると、もしベアキャット・ライトの最初の一言がなければあの歴史的な一戦は実現しなかったかもしれない。私は今でもそんな不思議な歴史の綾 (あや)を感じている。
最初にこの本を読んだ時には感嘆しましたが、この話が創作である事に気がつくまで時間はかかりませんでした(苦笑)。
文中には「猪木vsロビンソン(75年12月11日)のあったシリーズ中の話」とありますが、実際調べてみるとベアキャット・ライトが新日本に来日したのはその二ヶ月前の10月、その程度の間違いは目くじらを立てる程ではありませんが、賢明な読者の皆様はもうお気づきでしょう、アリが「誰か挑戦して来い」とぶち上げたのが3月で、ベアキャット来日がその後10月なら時系列が逆じゃないですか(苦笑)!!
大体ベアキャットの交渉が下地にあってのアリ発言なら、猪木陣営が応戦状を手渡した時、「イノキって誰?」の反応にはならないでしょう。本のタイトル「至近距離の真実」は看板に偽りありでした(苦笑)。
ただ、(別にピーターをかばうわけではないですが)ベアキャットがアリやドン・キングと旧知の間柄で来日中に国際電話で何度も交渉してくれたと言うのは本当だと思います。
…と言うのはアリ戦に名乗りを挙げたのは良いもののアリ側は単なる売名行為のパフォーマンスと本気にせず、その後の交渉はなかなか進展しなかったからです。話が暗礁に乗り上げかけていた矢先にタイミング良くベアキャットが来日したので渡りに船と交渉を依頼したのでしょう。本の執筆にあたり何か知られざるエピソードを付け加える必要に迫られたピーターが断片的な記憶を元に話を盛ったと言うのが私の推測です。
ピーターの話は限りなく創作でしたが、次回は極めて信憑性の高い、別の方が明かした世紀の一戦実現のきっかけとなった仰天エピソードをお届けします…。
 |
| (次回へ続く) |
|