包装資材の専門商社 タミヤ

ホーム タミヤのチカラ 商品ラインナップ 環境保全活動 会社情報 お問い合わせ

会社情報

Home > 会社情報 > 社長の経営日誌
会社概要
主要販売・仕入先
社長の日誌

社長の経営日誌

孤高の天才 社長の経営日誌 田宮社長が好き勝手に織りなす独白です
 FILE No.500 2016.12.3

500回記念「 ライフワーク 」

本日1、2、3、ダーッの12月3日、「社長の経営日誌」は通算500回目を迎える事が出来ました! パチパチパチパチ(拍手)…2007年の1月、ホームページをリニューアルしたのを機にひっそりと始まり足掛け約10年、まさかここまで続くとはと自分が一番驚いています。
今回は500回を記念してその歴史を振り返る、誰も喜ばない究極の自己満足企画(笑)をお送りします。頑張った自分へのご褒美、ご祝儀代わりに皆様我慢してお付き合い下さい。

先ず年表でざっとブログの歴史を紐解いてみましょう。

2007.1.20 連載スタート 第1回のテーマは「辞表」!

2008.5.17 初めてプロレスネタを解禁(テーマ「プロレス検定」)

2009.3.21 100回記念 テーマは「予算達成!」

2009.3.28 101回目よりタイトルバックのデザイン一新
      (モチーフはアントニオ猪木)

2009.5.16 実験的に写真を初使用

2010.5.1〜6.8 賛否両論?伝説の問題作「社長10年史」を短期集中連載

2010 秋頃〜 奮発して一眼レフカメラを導入、文章力の無さをカバーする
       為、写真の乱発が始まる。

2010.12.4 200回記念 テーマは「初恋の女性(ひと)」(笑)

2010.12.11 201回目よりタイトルバック一新(ブルーザー・ブロディ)

2012.11.17 300回記念 テーマは「辞表(2)」

2012.11.24 301回目よりタイトルバック一新(タイガー・ジェット・シン)

2014.11.22 400回記念 テーマは「後継者」

2004.11.29 401回目よりタイトルバック一新(海賊男ガスパー)

2016年12.3 遂に500回到達

次に全500回(諸事情により1回だけ欠番あり!)の中で同一タイトルの作品(シリーズ)の最多回数ベスト5をヒマ潰しに調べてみました。

第1位 「だから問屋はなくならない」(全18回)(FILE No.017他)

第2位 「社長10年史」(16回)(FILE No.159174

第3位(同率) 「インド最新流通視察」(FILE No.267他)
        「ブラジル・ドバイ最新流通視察」(FILE No.373他)
        「新宿伊勢丹前事件」(FILE No.247
他)
        (各7回)

「社長10年史」が1位かと思い込んでいましたが、問屋論を計18回も書いていたのですね…流石腐っても経営者と自画自賛しております(笑)。
第1回から熱心にご愛読頂いているアイプランニングの内藤さんからメールで 「一回目の「辞表」から「だから問屋はなくならない」、今呼んでも新鮮です。
やはり文章は10年後に読まれて価値を発揮します。」との気恥ずかしいメッセージを頂きました。「だから問屋はなくならない」も元々は内藤さんの名言、感謝です。
自分の書いたものを読み返したりする事など滅多に無いのですが、それにしても昔は真面目なネタを書いていたなあとしみじみ…それが今や完全なプロレス・ブログに(笑)、先日も実家の母親と電話で話した時「あんたのブログ時々チェックしてるけど、プロレスと太田裕美の話ばかりじゃないの!」と怒られました(笑)。
3位にブラジル編、二度訪れたインド編と肩を並べて「新宿伊勢丹前事件」が入ったのには驚きました。今後、タイガー・ジェット・シンが真相をカミングアウトしてくれたらさらに続編が書けそうですが、10年後の連載1000回の時にはランキングがどう変動しているか楽しみです。

どうせなら登場人物の出演?回数のランキングも作りたいところでしたが、いくら私がヒマでも(笑)これはとても調べきれませんでした。
私の狭い交遊範囲である前述の内藤さん、同じく一回目からの自称・熱狂的ファンの某コップ屋さん、針治療の佐野先生や四国銀行の有光支店長、同期の山北君、最近ではよく一緒につるんでいる墨田区の同業のHさんなどが主なセミレギュラーですが、のべにすると大変多くの方に登場して頂いており、この場を借りてお礼を申し上げます。
著名人ではやはり我が神、アントニオ猪木さんがダントツ、次いで太田裕美さん、ゆずポン、アメリカに行ってしまった華名選手、外国人レスラーではやはりミル・マスカラスとブルーザー・ブロディが双璧のように思います。

さて、連載500回を迎えての所信表明として、初期の頃にも書いていますが「こち亀」の連載回数を追い抜く事を私のライフワークとして改めてコミット致します!

 クリックで拡大
 この時期、亀有駅は
「こち亀」ワールドに
 クリックで拡大
 ホームへの階段もこの通り
 クリックで拡大
 床は全巻の表紙コレク
ション
 クリックで拡大
 太田裕美さん登場の
コミックス第4巻、
見にくいですが両さんの
胸のワッペンに注目!

「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(通称「こち亀」)は1976年に少年ジャンプにて連載が開始されアニメ、映画、ドラマにもなった国民的人気ギャグ漫画です。
漫画大好きのガキだった私は小学1年生の頃から中学2年生までの間、ずっとジャンプを定期購読、「こち亀」もリアルタイムで第1話読んでいました。
作者の秋本治先生がファンだった事から初期の「こち亀」に太田裕美さんが実名で何度か登場しているのは有名で、特に両さんが裕美さんのコンサートの警備に行く「亀有大合唱!?の巻」(コミックス第4巻に収録)は傑作でした。
当時小学生の私は「木綿のハンカチーフ」が大ヒット中だった裕美さんの存在を当然知ってはいましたが、特に関心はありませんでした。
そんな私が突然ファンに目覚めたのはこの二年後、中学生になった時でしたが、今思えば潜在意識の中に「こち亀」の影響があったような気がするのです。
実際、「こち亀」がきっかけで裕美さんのファンになったと言う人は多いと聞いています。
ブログを始めて以来、「こち亀」に追いつけ追い越せの精神でここまで来ましたが、秋本先生が連載を開始したのはまだ23歳の時、一方の私は41歳でのスタート、このハンディは致命的で永遠に追いつくのは無理かと虚無感も感じていました。
そこに今年の9月届いた「こち亀」終了の衝撃ニュース、我が心のライバルの突然のリタイアは本当にショックで寂しい思いがしましたが、一方でようやくこれからは少しずつ差を縮める事が出来る、と何処かほっとしたものです。

 クリックで拡大
 両さん、中川巡査、麗子
の像
 クリックで拡大
 亀有公園のベンチにも
両さん

最終回が掲載された号の発売日(9月17日)は朝一番でコンビニに買いに行きましたが、実に37年ぶりにジャンプを購入して280円もしたのにはびっくり!私が買い始めた頃なんて100円しませんでしたから。

この9月は最終回を記念して期間限定で亀有駅が「こち亀」一色になっていました。
北千住から常磐線に乗り換えて二つ目、生まれて初めて亀有駅に降り立ちましたが、階段から壁から床のタイルまで「こち亀」だらけで、多くの人が記念撮影に勤しんでいました。
余談ですが亀有のお次の駅が金町で、ここは昔私が好きだった人が住んでいた町、遠い過去の心の傷がうずきました(苦笑)。

惜しまれつつも偉大な40年の歴史にピリオドを打った「こち亀」、その連載回数は驚異の1960回!私が追いつくには今のペースならあと29年かかります。
と言う事は最低でもあと29年私は死ねません(笑)。
否、ただ生きているだけじゃ駄目ですね、「健康で長生き」していなければなりません。
そして何より、会社のホームページ上での「経営日誌」(内容はともかく 笑)である以上、我が社が繁栄し生き残っている事、この二つこそが絶対条件なのです。
目標達成まではあまりに遠い道のりですが、たかがブログ、されどブログ、「健康で長生き」「会社の繁栄」と合わせてライフワークと呼ぶに相応しい大仕事じゃないですか。
でも、もし奇跡的にあと29年連載が続いたとしても、そもそもそんな先に書くネタがあるのでしょうかね?

 クリックで拡大
 ライフワークの
「打倒こち亀!」を両さんに誓う

勿論死ぬまでプロレスファンは続けるでしょうが、今でもマスカラスとかファンクスとか猪木さんなどレジェンドがいなければあまり観戦意欲が湧かず全盛期(東京で暮らしていた頃)と比べると観戦数自体は激減(ほんとですよ!)しているのですから、流石にそんな遠い未来に会場に足を運んでいるとは到底思えません。
太田裕美さんだってもう歌っていないだろうし、書くネタが無いどうしよう…って今から29年後の心配しても仕方ないっての(笑)。

秋本先生の偉大さを再認識し、1960回突破に向けて新たな気持ちでスタートを切った「社長の経営日誌」を今後とも宜しくお願い致します。

<過去の日記>
サイトマップご利用にあたってプライバシーポリシー

(c) 2007 TAMIYA.Ltd