FILE No. 801 「正義は勝つ(4)」

「正義は勝つ(4)」

(前回からの続き)

容器メーカー最大手F社の直接取り引きにより売り上げ第2位の回転寿司チェーン店を失い、そのダメージは1~2年後にじわじわと効いて来ました。
タイミングが悪い事に97年、弊社では社長交代がありました。
うちの親父殿がかねてからの人生設計通り還暦を機に社長を降りて会長職となり、後任社長に元専務のYを据えたのです。
大変申し訳ないのですがこのYは昔ながらの営業タイプで経営能力はゼロ、誰がどう見ても社長の器ではなく、あまりに無謀な人事でした。これは決して私だけでなく(誰も口には出さないものの)社内外多くの方が感じていた事で、実際に私はオフレコを条件に数々のメーカー、ユーザーからそう言われたものです。
会社が苦しい状況の中、本来なら新社長の下一丸とならなければいけないのですが、なにぶんにも全く人望の無い方だったので社内はばらばら、業績不振に拍車がかかり歯止めが効かなくなりました。会長も自分が選んでしまった社長だけにかなり遠慮があったようでしたがもはや会社は沈没寸前、とうとうしびれを切らし2000年5月、私に社長のお鉢が回って来ました。我が業界では異例の34歳での社長就任、当初の予定(具体的にいつ頃と言われていたわけでは無いがまだまだ先と思っていた)より相当早い大役です。
Yは相談役に退き半年後に正式退社となりましたが、会長と常務と3人だけの送別会では酒を飲んで荒れ狂い「社長を下ろされたのは人生最大の屈辱じゃ。」とくだを巻いたそうです。温厚な会長も流石にキレてYの社長時代3年間の業績不振を追及、「社員が誰もおまえにはついていかんやないか。」とダメ出しするも「業績が悪いのは世間の状況が悪いから、わしの言う事を聞かない社員(特に私の事 笑)が悪いから。」とケツをまくっていたとの事ですが、後でその話を聞いてやはり社長にしては絶対いけない人っているんだなの思いを強くしました。
同業や関係先など、この後も似たような事例を何度も見る事になりますが、経営能力のない人を社長にすると会社は信じられないほどの速さでガタガタになります。
そして、その席上でYは隠し持っていた切り札を出して来ました。
3つのユーザー名を挙げて「独立して一人でやっていくので、この3社の商権を譲渡して欲しい」と申し出て来たのです。Yとこの3ユーザーとは元々ズブズブの関係でしたが、この半年でさらに接待漬け(勿論、弊社負担の交際費)にして用意周到に独立準備をしていたのでしょう。
人生のパートナーと信じていた相手に裏切られた会長は「人間が信じられなくなった」と沈んでいましたが、私は社長として企業防衛策を考えました。
今更3社の奪回は不可能にせよ、前任代表取締役が自社に不利益を与える行為は道義的にも許されるものではなく、法的手段に出るつもりでしたが、どこまでもお人好しの会長の「3社だけ譲渡すれば他には手を出さないと約束しているし、これで奇麗に手を切れるから」と言う意向を尊重し、断念せざるを得ませんでした。
しかし相手は実務レベルではこの3社の為の専用別注在庫を消化しきらないうちに自分の方から流し始めるなど、円満独立には程遠いやり口をして来ました。
ユーザーに引き取りをお願いすると「それはYと話し合ってくれ」との事で、常務がYを訪ねると思いきり人の足元を見て「原価の30%引きなら買い取って良い」と破廉恥な要求、ユーザーとの間で「タミヤが泣きついてきたら3割引きで吹っ掛けますので一緒に儲けましょう」と打ち合わせ済みだったのでしょう。
常務から報告・相談を受けた私は「買い取ってもらわなくて結構」と在庫の廃棄処分を即決したのは言うまでもありません。
手痛いダメージを受けての絶縁でしたが、それから半年ほどすると化けの皮が剝がれました。Yは「3ユーザー以外には手を出さない」と言う会長との「男と男の約束」を平然と反故にして、それ以外の弊社の得意先にもアプローチを開始したのです。
流石の会長も怒り心頭で、共通の知人であるコンサルタントを通してクレームを付けたところ「自分から売り込んだわけではないが得意先がわしから買いたがっているから、ユーザー・チョイスだ」と開き直り、Yが懇意にしていたあるユーザーを奪取されました。
それから一か月程が過ぎたある日、朝刊を開くと、そのユーザーが民事再生法の適用を申請したとの記事を目にしました。
そのまま取引が続いていたらうちが〇百万円引っかかるところをYが代わりに被ってくれたようなもので、その日は一日中口元がにやけっぱなし、笑いが止まりませんでした(笑)。会長の前で「天罰が下った」と軽口を叩くと「いらん事言うな!」と一喝されましたが(苦笑)、これはどう考えても天誅以外の何物でもありません。個人商店にこの負債は相当堪えたようで、それ以来Yの動きはすっかり止まりました。

それからちょうど一年後の2002年10月、今度は6年前にF社の直接取り引きによって失った回転寿司チェーン店が民事再生法の適用を申請したとのニュースが飛び込んで来ました。たまたまF社の部長が来社してその話題となり、苦笑いしながら「社長、思わず拍手したんじゃないですか。」と言うので「ドンペリで乾杯したよ。」と切り返しましたが(笑)、嫌みでも皮肉でもなくこの時ばかりはF社さんに「どうもありがとう!」とお礼を言いました(笑)。もしあのまま取り引きが続いてたら数千万円規模の貸倒れ、考えただけでゾッとします。
我ながら自分の強運ぶりに驚いたものでしたが、神様は真面目に正直に生きている人を決して見放さないもの、やはりうちの親父殿の、人に騙されても騙す事なく正直にやって来た事が運を呼び込んだのだと実感しました。
私の「経営の師匠」(FILE No.143940他 参照)
石野誠一先生は著書の中で「社長の経営のノウハウは創業当時に殆どが身に着く」と書かれていますが、これは創業社長だけでなく後継社長にも言える事で、私も社長就任のわずか1~2年で立て続けにこれらの事を経験した事で、例えどんなに苦しくても正しい道を歩む事こそ最終的には勝利への近道である事を確信しました。

(次回へ続く)