FILE No. 1005 「飛龍革命」

「飛龍革命」
まだまだ暑い日が続きますが今週から9月がスタート、このブログはようやく6月の最後までやって来ました。
この月28日の日曜日は神姫楽ミサちゃんが出場のOZアカデミー観戦の為、沖縄の那覇市へと飛びました。試合会場は奥武山町にある沖縄県立武道館、遠路はるばるここまでやって来た理由、ミサちゃんの応援も勿論ですが察しの良い方は既にお分かりの通り、こここそが藤波辰爾さんが1988年に起こした「飛龍革命」、発祥の場所だからです。
当時は未だ建て替え前の奥武山公園体育館で、同じ場所に現在の県立武道館が開館したのは1995年の事でした。
実は今から16年前、流通システム研究会で沖縄に来た時、時間を見てこの場所を訪れましたが(File No,192~193「沖縄出張」参照)その時は休館日とあって中に入れず外観を見ただけ、折角ならいつかここで試合を観たいと思っていたところ16年越しで願いが叶いました。
ここでニワカ諸君の為に(笑)飛龍革命について簡単に説明しましょう。
88年4月、新日本プロレスはこの月からこれまでゴールデンタイムで放送されていたテレビ中継が土曜日夕方の時間帯に降格、それに伴い徐々に地方興行での観客減が予想され危機を迎えていました。そんな中で開幕した「スーパーファイトシリーズ」(4月11日~5月8日、全22戦)、後半の大会場である4月27日の大阪府立体育館ではメインでアントニオ猪木VSビッグバン・ベイダーの特別試合、最終戦の有明コロシアムでは同じく猪木VSベイダーのIWGPヘビー級選手権が組まれていました。
シリーズ10戦目の沖縄県立奥武山公園体育館、メインでタッグを結成したアントニオ猪木と藤波辰巳(当時)の師弟コンビはビッグバン・ベイダー&マサ斎藤と対戦するもパワーで圧倒され、最後こそ相手の暴走により反則勝ちを拾ったもののいいところなしで終わりました。そしてボロボロ状態で引き上げて来た控室で、突如ハプニングが起こったのです!
藤波「ベイダーとシングルでやらせてください。今日僕は何もやっていないです。もういい加減に許してください。はっきり言ってください、猪木さん、(今の貴方では)東京と大阪の2連戦は無理です、はっきり言って。自分が今日負けて言える立場じゃないけど、俺らは何なんですか、俺らは。」
~長い沈黙~
猪木「本気かい?ええ?」
藤波「本気です。」
猪木「命賭けたのか、命を、勝負だぜおまえ、この場は。」
藤波「もう何年続くんですか、何年これ(猪木中心の体制)が?」
猪木「だったらぶち破れよ。何で俺に(メインを)やらせるんだ、おまえ。」
藤波「じゃあやらせてください、いいですか?俺が(ベイダーと)やりますよ大阪で。」。
猪木「俺は前から言っている。遠慮なんかする事はないって。リングの上は戦いだから先輩も後輩も無い。遠慮されたら困るんだよ、何で遠慮するんだ、おまえ。」
藤波「遠慮してんじゃないです。これが新日本プロレスの流れじゃないですか。そうじゃないですか?」
猪木「じゃあ力でやれよ力で。」
藤波「やります。」
猪木「やれんのか。」
藤波「やりますよ。」
ここで突然椅子から立ち上がった猪木がビンタ、反射的に藤波も何か叫びながら張り返す。藤波は近くにあった道具箱からハサミを取り出すと「待て、待て」と止める猪木を振り切って前髪を切り出し「大阪で俺の進退を賭けます」と宣言し退室、これこそが飛龍革命ののろしでした。
不運にもこの翌日、猪木はランニング中に足の甲を骨折するアクシデント、シリーズ全休を余儀なくされIWGPヘビー級王座を返上、大阪の特別試合(ノンタイトル戦)は藤波がベイダーにリングアウトで勝利、最終戦の有明では空位となった王座の決定戦となり藤波が反則勝ちながらもベイダーに辛勝して新王者となりました。
猪木に勝つまではベルトを腰に巻かないと宣言した藤波は今や伝説となった8・8横浜で復活した猪木の挑戦を受け60分フルタイムの死闘をやってのけたのです…。
(File No,690「昭和の最終回」参照)
実に16年ぶりにやって来た奥武山、16年前と同様会場正面から全体写真を撮影しましたが、後日前回の写真見比べて愕然…微妙に、と言うよりかなり外観が違うじゃないですか!
昭和の旧体育館時代と違うのはわかりますが、この16年の間に再度建て替えが行われたのでしょうか?因みにWikipediaの掲載写真はまだ私が2010年に来た時のものでした。調べてもよくわからなかったので、何方か情報お持ちの方いらっしゃいましたらご一報お願い致します。
この日の神姫楽ミサちゃんはメインの6人タッグ戦に抜擢、ベテランの先輩たちが多い中でしっかりと食らいつき、見事自軍の勝利に貢献しました。
試合後のツーショットでは場所柄?藤波さんの髪切りポーズをお願いしましたがご本人はさっぱり意味が分からなかった事でしょう(笑)。(この日のツーショット集 こちらをクリック)
夜8時半の飛行機で無事大阪に到着、なんとOZアカデミーは11月にもここで大会をやるそうでミサちゃんの出場も決定、また来て欲しいと頼まれていますが流石に年2回の沖縄はきついです(苦笑)。
次回からは灼熱地獄の7月編!
<写真出典先>
(※1〜3)『週刊ゴング』88年4月28日号(日本スポーツ出版社)
(※4)『週刊プロレス』2008年5月17日号(ベースボールマガジン社)








