FILE No. 979 「人間風車の遺伝子」~アントニオ猪木 VS ビル・ロビンソン 50周年記念~

「人間風車の遺伝子」~アントニオ猪木 VS ビル・ロビンソン 50周年記念~
昨年12月11日のお話ですが、この日は我が生涯で最高のベストマッチ、アントニオ猪木VSビル・ロビンソン戦の50周年の日でした。
(1975年12月11日、蔵前国技館、NWF世界ヘビー級選手権試合)
この試合についてはロビンソンがお亡くなりになった年に詳しく取り上げていますので先ずはこちらをお読みください。
(File No.371、372「人間風車よ永遠に…」参照)。
当時10歳だった私は翌12日の「ワールドプロレスリング」でこの試合を視聴しましたが、子供心に感動し打ち震えました。今でも映像を観返すと泣ける程です(笑)。
この年の1月からプロレスファン(猪木ファン)になりましたが、今思えば猪木VSロビンソンを観ていなければ、それから50年もの間プロレスと付き合っていなかったような気がします。まさに私の人生を狂わせた(笑)罪作りな試合でしたが、実はこの試合で人生が決定付けられた少年がもう一人、それが今回の主役、宮戸優光(本名 宮戸成夫)さんです。金曜夜8時はそれこそテレビの前で正座していた程の猪木ファンだった宮戸少年、ロビンソン戦だけはどうしても生で観たくて蔵前まで足を運び、私同様この試合に魅了され将来プロレスラーになる事を決意しました。
10年後の85年にUWF(第1次)で念願のプロレスデビューを果たし、88年の第2次UWFを経て91年からはUWFインターナショナルに参画、ここではレスラーとしてよりブッカー&マッチメイカーとしての手腕を発揮し“Uインターの頭脳”的存在となったのはご存じの通りです。
95年にUインターを退団した宮戸さんは99年に東京杉並区の高円寺にUWFスネークピットジャパン(現CACCスネークピットジャパン)なるジムを設立、イギリスからビル・ロビンソンを専属ヘッドコーチとして招聘しました。
ロビンソンは15歳でイギリスのビリー・ライレー・ジム(通称スネークピット=蛇の穴)に入門し、ランカシャー地方で生まれたキャッチ・アズ・キャッチ・キャン(CACC)と呼ばれるスタイルを習得しましたが、良くも悪くもショーマンスタイルとなってしまった現代のプロレスに危機感を覚えていたのでしょう、プロレスリングの原点回帰の為に一石を投じるべく宮戸さんのオファーを二つ返事で承諾しました。
そして、自らの技術と遺伝子を後世に残す為にはるばる太平洋を越えて来日、約8年間もの間、高円寺の住人となったのです。
宮戸さんは2008年にはIGFと業務提携し現場部長に就任、猪木さんとロビンソンの再会が実現しましたが、猪木ロビンソン戦で人生が決まった少年が大人になってそのお二人と仕事を共にする事になり感無量だったでしょう。
日本版“蛇の穴”としてオープンしたスネークピットジャパンもあと3年(2029年)で30周年を迎える事になります。
宮戸さんは設立時にロビンソンとかわしたCACCの技術を次世代に継承する約束の総決算として昨年から「最終章」と銘打ちプロ&アマ・レスリングマッチの定期開催をスタートさせました。
私は9月の第2回大会を初観戦、10月の第3回は海外渡航中で欠席しましたが、第4回目がなんと、猪木ロビンソン50周年となった12月11日(奇しくも50年前と同じ木曜日)!この日だけは絶対行かねばと、無理矢理?予定を空けて上京しました。
高円寺の駅でばったりSNSで繋がっている友人と一緒になりましたが、この方は短期間ながらロビンソンにレスリングを習い、今もスネークピットで練習をしているロビンソンの遺伝子の継承者のお一人、道中「あっ、ここがロビンソン行きつけの床屋さんです。」「このお店で一緒に飲みました。」と羨ましいお話を聞かせて頂きました。
第4回大会のメインでは宮戸さん自身がUインターの退団以来、実に30年ぶりに選手としてリングに上がりました。
猪木VSロビンソンから50年、プロレスデビューから40年、そして引退から30年、宮戸さん自身「運命に導かれた」と思うところがあったのでしょう、スペシャルスパーリングとして野上彰選手(元新日本プロレス)との10分1本勝負に挑みました。
ゴングが鳴るとスパーと言うより実戦そのものの内容で、懐かしい宮戸さんのソバット(後ろ回し蹴り)が30年ぶりにさく裂した時には場内がどっと沸きました。
(宮戸優光VS野上彰スペシャルスパーリング こちらをクリック)
10分タイムアップで終了の後は出場全選手と共に先着限定8名のみが参加出来る打ち上げタイム、実は私、試合もそうですが宮戸さんのちゃんこが楽しみで(笑)。
何しろ宮戸さんの料理は現役引退後に周富徳さんに弟子入りしていたとあってお世辞抜きに絶品、たらふくご馳走になり大満足でした。
(この日のツーショット集 こちらをクリック)
最終章のレスリングマッチ第5戦はちょうどこのブログが更新される週に開催されましたが、この回はロビンソンが亡くなられて満12年、仏教での13回忌のメモリアル大会となりました(詳報後日)。
あと3年、ロビンソンの遺伝子を後世に伝える最終章をしっかり見届けたいと思います。




